東京ーサンフランシスコアートフェスティバル'06所感
インターネットとE-mailの発達によって、恐るべきスピードで国を越えてコミュニケーションが可能になった。この国際展もそれなしには実現不可能だった。特にパフォーマンスアートの分野では同じアーティスト同士の繋がりというのはとても強い。世界各国で毎月どこかで国際パフォーマンスフェスティバルが行なわれている。僕の幾つかのフェスティバルやイベントに参加してきた。彼らのアーティストとしての意志の強さと、実行力にはいつも驚かされる。インデペンデントで行なわれるものの多くはディレクターがアーティストの場合が多い。その理由は、アーティストにとってイベント開催という創造行為の必然性からだ。発表の場がなければ何も始まらないのだ。そしてアーティストは自ら実験の場を作り始めることになる。事実、今回の参加アーティストのクリス・ソラースは自宅を改造し、"667Shotwell"というオルタナティブアートスペースを運営している。もちろん路上や町中でゲリラ的に行なわれるパフォーマンスもおもしろいのだが、このように人が集まり、言葉を交わし、相談し合い、イベントを開催する、これがフェスティバルにとって最も重要なことだ。さて、次は僕の番だと思い立って今回の国際交流展を開始したわけで、作品制作と同様にイベント開催の重要性について感じていたわけだ。
また、文化の違う異国からやって来て、目の前に起こっている出来事に対して瞬時に反応するのも今回のフェスティバルの特異性だった。ジョス・ポラードは東京の街中の交差点に大きなピンクの★をガムテープで描いたし、チャーリー・キャラハンは新島(東京都)に出掛けて、そこで発見した美しい漂流物を幾つもギャラリーに持ち込みインスタレーションの一部として使用した。そして、クリス・ソラースは新聞紙で着物を作り夜の新宿の街を練り歩いた。その場その場で事柄を決定していくスピードはまさに”生きる芸術”にふさわしいような生き生きとしたライブ感を感じさせた。そして、彼らは日本人のわたし達が感心するくらい日本の街を注意深く見ていることに、徐々に気づくのだ。開催前、文化による国際交流で何ができるのか?と僕は常に考えていたのだが、その思いをよそにアーティスト達は次々とプロジェクト実行する勢いに圧倒されていき、僕はいつの間にかそれに取り込まれるような形でフェスティバルを終えた。それは、この国際交流プロジェクトを象徴するように毎晩、どこかで場所を変えてギャラリーや町中で"何か”を行なっていたのだ。国際交流と一口に言っても、ただインターナショナルなアーティストの展示を行なうのみでなく、アーティスト同士がラフに話合い、アイデア共有し、街に出掛け社会に発言するような態度も、僕には頼もしく見える。
また、最後になりましたが協力・支援していただいた皆様に感謝をしながら、またの機会を心より期待しようと思います。
丹羽良徳
2006.8.19